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春を待つ



2016.01.20



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少し気が早いけれど、春を待つ。

 

淡い彩りの季節。

 

内なる春は、春よりも春らしく輝いている。

 

アコヤ真珠 特選  http://ginzawatatsumi.com/term/tokusen-pearl/

銀座ワタツミ  http://ginzawatatsumi.com/

 

 





王朝の色



2016.01.19



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日本古来の葡萄色(えびいろ)。

 

現在では「ぶどう」いろと読みますが、日本の古名では「えび」と読んでいました。

山葡萄の実が紫色に熟したところがその由来と言われています。

 

葡萄色は、古くより王朝の人々に親しまれた色合いのひとつでした。

 

高貴な色合いをたたえるピーコックグリーンの黒蝶真珠も、その時代に存在したならばきっと王朝貴族たちの寵愛をえていたことでしょう。

 

 

黒蝶真珠/ピーコックグリーン http://ginzawatatsumi.com/black_pearl/

銀座ワタツミ http://ginzawatatsumi.com/

 





瀧の流れに



2016.01.18



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瀧の流れに身を任せ

 

あなたの色に染められ

 

なんて。

 

鼻歌を歌いながら、主君の馬洗いに精を出す人足の愛らしさ。

 

 

真珠:アコヤベビーパール バロック

 

絵:諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝

 

銀座ワタツミ:http://ginzawatatsumi.com/





富士の白妙



2016.01.17



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真っ白な衣を羽織った富士の嶺。

綿津見の恵みを添えて。

 

「ジャパンブルー」として広く知られる日本の青。

アコヤの白がよく映えます。

 

 

真珠:アコヤ真珠オーロラ花珠

絵:富嶽三十六景 東都浅草本願寺

 

銀座ワタツミ http://ginzawatatsumi.com/

 





真珠の美



2016.01.15



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重ね合わせる服や布地、その素材感、身につける人の個性。

それらが共鳴し、真珠はより美しさを増します。

 

真珠の美は、あなたに溶け込んで初めて完成されるのです。

 

 

アコヤ真珠 花珠:http://ginzawatatsumi.com/akoya_pearl/

銀座ワタツミ商品ギャラリー:http://ginzawatatsumi.com/gallery/

 

 

 





日本人の白



2016.01.11



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日本人は大昔から、白というものにフェティズムにも近いこだわりをもっていたらしい。

 

美学者の谷川渥氏は『白のフェティズムと「闇の理法」』というコラムの中で、16世紀に宣教師として日本を訪れたルイス・フロイスの著書をひもとき、当時の日本人、日本女性がいかに白粉(おしろい)に執着していたかについて述べている。

ヨーロッパでは、顔の化粧品や美顔料がはっきり見えるようでは、不手際とされている。日本の女性は白粉を重ねれば重ねるほど一層優美だと思っている。・・・・・ヨーロッパでは白粉一箱あれば一国全部の要を充たすに足りる。日本にはそれを積んだシナ人のソマ船が多数渡来するが、それでもまだ足りない。(岡田章雄訳)

 

現代では、日常において白粉を塗った女性を見る機会は少なくなってしまったが、京都の舞妓さんや歌舞伎役者といった伝統芸能などで垣間見ることができる。

 

日常的に日本古来の習俗や文化に触れることが少なくなってしまった我々のような一般的な日本人にとって、その白さは奇異なもの、一種独特なものとして映ってしまうのではないかと思うが、谷川氏はさらに谷崎潤一郎の小説『痴人の愛』や著作『陰翳礼讃』を引き合いにだし、日本人独特の、そして屈折したともいえる日本人の美意識を明らかにしている。

 

同じ白いのでも、西洋紙の白さと奉書や白唐紙の白さとは違ふ。西洋紙の肌は光線を撥ね返すやうな趣があるが、奉書や唐紙の肌は、柔かい初雪のように、ふっくらと光線を中で吸い取る。そうして手ざはりがしなやかであり、折つても畳んでも音を立てない。

 

一人々々に接近して見れば、西洋人より白い日本人があり、日本人より白い西洋人があるやうだけれども、その白さや黒さの工合が違ふ。・・・・・日本人のはどんなに白くとも、白い中に微かな翳りがある。・・・・・ちやうど清冽な水の底にある汚物が、高い所から見下ろすとよく分かるように、それが分かる。

 

日本人にとっての白とは、単純に光り輝くものではなく、光線を吸い取ってしまうようなしなやかなものであり、「翳り」をもつことでその白さが際立つものだと谷川氏は言う。

それは、「負を正とするところの屈折した美意識の産物」にほかならず、谷崎がいうところの「闇の理法」だというのだ。

 

アコヤ真珠が醸し出す白さや輝きにも相通ずるものがあるのではないだろうか。

アコヤ真珠の美しさの本質でもあり、最大の魅力はそのテリと言われているが、真珠のテリは単純な表面の光沢ではなく、内部に吸収された光が真珠層でおこす干渉現象による。そしてアコヤ真珠の美しさは、外面の輝きと内部から滲み出す光が複雑に混ざり合うことで生まれてきている。つまりアコヤ真珠の輝きや色合いは、その内部に宿す「翳り」に起因しているのだ。

(コラム参照:『真珠(パール)のテリは、光沢とは異なった現象です!』)

 

もちろん貝も真珠も、人間の美意識などには関わりなく人間というものが生まれる太古の昔より自然の摂理に従い生み出されてきているのだが、少なくとも日本人の美意識が存在していなかったり、異なるものであったならば、今日のように真珠を愛好することも、また日本において今のような産業として発展することもなかったのではないだろうか。

 

1cmにも満たない粒の一つ一つに日本人の美意識が流れている、そんな見方もまた真珠の愉しみではないだろうか。

 

 

 

 

 

 





真珠の美しさと尊さを守る”パールソーブ”のことをご存知ですか?



2016.01.9



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湿気と乾燥が交互に訪れる日本!

 

日本にくる外国人は、なんと「湿気手当」がでることもあるそうです。そのくらい日本の湿気は耐え難いのでしょうね。

 

確かに梅雨時の不愉快さは私たちが経験することですね。

 

一方、この多湿と反対少湿、すなわち乾燥はどうでしょうか。真冬の、着替え時の下着がパチパチと音をたてて静電気を放つ様子は、誰でも好きではないでしょう。

 

日本の気候を、四季を通して考えると、この湿気と「乾燥が交互に訪れるのですね。

 

アートソーブが乾燥と湿気から美術品を守ってくれる

 

横浜美術館の展示ケースの隅にアートソープが山積みしてあったそうです。開発メーカーさんの営業努力ですね。

アートソーブとは、美術品の湿度調整剤のことです。これらの巨匠たちの作品、それは私たち日本人にとってかけがえのない財産であり、永久に保存しなければならないものですが、何しろ神や布地に描かれた絵ですし、湿気や乾燥にとても弱いですね。これもわたしたちが日常生活で経験していることです。

 

何十年、何百年もこれらの脆弱なものを保存していくためにはどうしたらよいでしょうか。そのためには、脆弱さそのものを分析しなければなりません。

 

湿気は二つの点で問題があります

 

ひとつは、結露、すなわち材質の表面に梅雨を作り、材質の成分を溶かしてしまうということです。

もうひとつは、膨潤が考えられます。湿気を吸ってふやけることです。乾燥にも当然問題があります。乾燥すれば材質中の水分が散失し、材質は収縮すなわち干からびます。

一年を通じ、干からびたり、膨れたりするのですね。それを何十年もつづけると、ひびが入り、亀裂ができ、結局ボロボロになります。

これを防ぐためには、これらの美術品が展示中かどうかにかかわらず、いつでもまわりの湿度が一定に保たれるような工夫が必要です。それがアートソーブです。シリカゲルに特別な処理をして、まわりが湿気てくれば空気中の水分を吸い、乾燥してくれば空気中に水分をだす、そんな役目をしています。

 

パールソーブの誕生

 

アートソーブをヒントに真珠の保存の研究がはじまりました。真珠も個人が所有する一種の文化材ですね。

 

数年後、実用化に成功しました。真珠の美しさ、その尊さとは美術品に匹敵すると思うがゆえに、その商品名をパールソープと名づけられました。

 

参考文献: 日本の真珠がいちばん美しい





真珠界の悪魔?救世主?知ってそうで知らない。シャネルと真珠の関係。



2016.01.5



真珠界の悪魔?救世主?知ってそうで知らない。シャネルと真珠の関係。

 

世界有数のファッションブラントをつくり上げ、古い規範や常識から女性を解放したカリスマとして知られるココ・シャネル。

無類のパール好きとしても知られ、コスチュームジュエリーを普遍のものとした彼女の提案するスタイルは真珠業界にとっても大きなインパクトを与えてきました。

 

1926年に発表したリトル・ブラック・ドレスと呼ばれる黒くストンとしたストレートのシルエットのそのドレスは、当時の女性から圧倒的な指示を得ましたたが、その黒一色に気品と美を与えるアイテムとして重宝されたのが他ならぬ真珠でした。当時のアメリカ版『ヴォーグ」に掲載されたイラストからも、リトル・ブラック・ドレスに真珠のネックレスとイヤリングが描かれています。

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また1954年には、70歳を超えたシャネル渾身の作品、シャネル・スーツを発表し、モードの女王として復権を果たすとともに、その存在とスタイルを不朽のものとしました。

 

彼女が提案するスタイルは、当時のセレブリティたちからも圧倒的な支持を受け、半世紀を超えた今でもひとつのスタンダードとして色褪せず女性たちから愛されています。

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シャネルのコーディネイトが真珠の時代を変えた。

彼女のスタイルには真珠の存在が不可欠といってもよいほど、彼女は真珠を愛し、また積極的にコーディネイトに取り入れましたが、その使い方は彼女らしく、従来の価値を一変させるものでもありました。

 

彼女は、特権層の純然たる富の象徴として身につけられていた宝飾品を、時代遅れのものとして忌み嫌い、服に合わせて身につける模造品でできたアクセサリーを身につける、コスチュームジュエリーという新たな分野を確立しました。

 

これは、宝飾界全体にとってこれまでの価値基準の破壊であると当時に、新たな価値観と市場の創造でもありました。当時まだ完全なる評価を確立させていなかった日本の養殖真珠にとっては、彼女の提唱したスタイルがその普及への強い追い風となったのでした。

 

シャネルは、高級宝飾品であった天然真珠に、養殖真珠や模造真珠をミックスしてコーディネイトしました。そのようにすることで彼女は、特権層の純然たる富の象徴として身につけられていた天然真珠と、養殖真珠や模造真珠の価値を相対化し、真珠を纏うという行為に新たな光をあてたのです。

 

 

彼女の存在がなければ、おそらく真珠業界は今に連なるその後の隆盛を誇ることはなかったに違いありません。

 

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現在では高級品としての地位を確立しているアコヤや南洋真珠なども、ただ高級品として見に纏うだけでなく、様々な素材のアクセサリーと組み合わせてコーディネイトしてみると、高貴さと遊び心を備えた新鮮な魅力が増すのかもしれません。

 

 

銀座ワタツミでは、貴方にふさわしい真珠をお探しするために、商品のご案内からコーディネイトのご相談まで商品選びの様々なお手伝いをいたしております。試着や撮影も自由にできますのでお気軽にお越しください。

http://ginzawatatsumi.com/

 

 

 





アコヤ真珠(パール)の優美なドレスを身にまとった妃!



2015.12.28



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妃が身に着けたアコヤ真珠(パール)の優美なドレス

 

アコヤ真珠の美しいドレスについてご紹介いたしましょう。イギリス国王チャールズ一世の妃ヘンリエッタ・マリアの1635年ごろの肖像画があります。チャールズ一世は清教徒革命で1649年に処刑されますが、肖像画は二人が幸せだった時期に描かれています。

巻き毛の可愛らしいヘンリエッタ・マリアは、光沢のある濃緑色のドレスを着ています。ドレスには透明感のある美しい真珠が幾何学模様を作りながら刺繍されていて、優美で豪華な衣装となっています。大量の真珠を使っていますが、エリザベス一世のころとくらべると、真珠の使い方が洗練されてきています。

透き通った美しい真珠がこれほどまでにそろうのは、アコヤ真珠だからでしょう。やはりアコヤ真珠の粒がそろったデザインはいつの時代も憧れだったのでしょうね。 チャールズ一世の時代、イギリスはペルシア沿岸部のバンダレアッパーズに商館をもっています。これらの真珠はアラビア湾産かもしれないといわれています。

大粒のバロック真珠の到来!

 

大航海時代になるちお、いびつな大粒真珠も知られるようになりました。

クロチョウガイは円形の大粒真珠やドロップ型真珠ばかりでなく、ゆがんだ真珠も作り出します。フィリピンなどに生息する世界最大のシロチョウガイも同様です。天然真珠時代は変形真珠の方が多かったのです。

 

ポルトガル語 バローコからバロック真珠(パール)となったのです!

 

インドではそうした変形の真珠の需要も高かったです。そのためゴア在住のポルトガル人はアラビア湾クロチョウガイの真珠を入手しては、せっせとインドに運んでいました。いびつな真珠はポルトガル語では「バローコ」と呼ばれましたが、フランスなどに入って「バロック」となり、17~18世紀の芸術の一様式の名称となりました。

 

ポルトガル人は真珠、とくにアラビア湾アコヤ真珠を「アルジョーファル」と呼んでいました。「アルジョーファル」は、アラビア語で「宝石」とか「真珠」を示す「ジャウハル」からきた外来語でした。しかし、クロチョウガイやシロチョウガイの大粒真珠が登場するようになると、「アルジョーファル」は次第に小粒真珠やケシ真珠をさすようになりました。

ユニークな形のバロック真珠をどのように使うかが腕の見せどころ!

 

大航海時代は大小さまざまな真珠が知られるようになりましたが、バロック真珠は、ヨーロッパ金銀細工師たちの創造力を刺激しました。

ユニークな歪んだ真珠をどのように使うかが細工師たちの腕の見せ所だったようです。大粒バロック真珠を雄羊の胴体としたペンダントがあります。母貝はクロチョウガイと考えられています。天然真珠の面白さを教えてくれる名品となるでしょう。

 

(参考文献:真珠の世界史 富と野望の五千年 中公新書)





価値が311倍にもなった、ドロップ型真珠とは?!



2015.12.26



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スペインのフェリペ皇子がイギリスのメアリー一世へ渡したパナマ湾のドロップ型真珠(パール)!

 

パナマクロチウガイのドロップ型真珠は実物も残っています。

「ラペレグリーナ」(巡礼女)と呼ばれる真珠です。大きさは公表されていませんが、写真などから判断すると、二センチ以上はあるようです。

 

この真珠は16世紀半ば、パナマ湾あたりで発見され、スペイン王室に献上されました。1554年、スペインのフェリペ王子(後のフェリペ二世)がイギリスのメアリー一世と結婚した際、彼女にこの真珠をプレゼントしたそうです。皇子は38歳のメアリー一世が思ったよりも老けていたのにがっかりしていましたが、メアリー一世はこの真珠を喜んでいたようです。真珠のペンダントをつけた肖像画を何枚も制作させています。

 

再びスペイン王室の所有となったラペレグリーナと呼ばれた真珠の行方は?!

 

メアリー一世が死去すると、真珠は再びスペイン王室の所有tぽなり、ラペレグリーナと呼ばれるようになりました。19世紀はじめ、ナポレオンの兄ジョセフ・ボナパルトがスペイン王になると、真珠はナポレオン一族の所有となりました。19世紀後半、ナポレオン三世はイギリスに逃亡し、生活費捻出のために真珠はイギリス貴族に売却されました。

ラペレグリーナ真珠(パール)はオークションにかけられ、40年後その価値は311倍となる?!

 

1969年、ラペレグリーナ真珠はオークションにかけられました。ハリウッド女優エリザベス・テイラーの夫リチャード・バートンが37,000㌦で落札しました。アメリカでもっとも有名な真珠となりました。2011年ティラーが死去すると、再びオークションにかけられました。1150万ドル(当時約9億2000万円で落札されて大きな話題となりました。購入者は報道されていないようですね。バートンは日本の養殖真珠の席巻で天然真珠価格が下がっている時期に買ったのですが、40年後、311倍の高騰となりました。

 

(参考文献:真珠の世界史 富と野望の五千年 中公新書)

 

銀座WAtATSUMIの白蝶(シロチョウ)真珠はこちら

 







 

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